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日本語教師3.0

「授業の質は上げる」「仕事の量は減らす」「両方」やらなくっちゃあならないってのが「教師」のつらいところだな 覚悟はいいか?オレはできてる

失敗の原因は「うっかり」、「そのほうがいいと思った」、「力不足」の3種類しかない

 こんばんは。日本語教師ブロガーのNicky(@JPT407)です。

 

 なぜか、こないだのフィードバックの記事に人気が集まっていて、昨日なんか500人近く来ていたので、続編を書いてみます。

 (なんか今見たら、Facebookの「いいね!」が163もついていました!どういうことですか?) 

jpt407.hateblo.jp

  私がいつも思っていることです。私はいつも失敗が多くて、怒られることも多いのですが、納得できないことがあります。いつも、「どうして」、「どうして」と責められることです。

 「どうして」と言われても、うまい答えはありません。しいて答えるなら、「うっかりしていた」「そのほうがいいと思った」「頑張ったけれど、力不足でできなかった」の三種類しかありません。

 

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 うっかり

 これはよくあります。たとえば、食器を洗うつもりで忘れていたり、猫のトイレの掃除を忘れていたり、といったことです。これについては、「どうして」と言われても、「忘れていた」としか答えようがありません

 また、私の場合、よく人の話を聞いていないことがあります。それも、病的なレベルです。正式に診断されたことはありませんが、たぶんアスペルガー症候群のような病気じゃないかと思います。

 病気を言い訳にするのはよくないですが、本当に病気の人を責めても、どうにもなりません。これがもし近視だったら、「あなたはどうして黒板の字が見えないの?」とか叱ったりしないでしょう?「どうして人の話を覚えていないの?」というのも、実は同じレベルの話です。叱るより、「眼鏡をかけなさい」と言ったほうがはるかに建設的です。

 私は、仕事でミスをするわけにはいかないので、1年目の途中でツールを使い始めました。具体的に言うと、Toodledoというタスク管理ツールです。これでかなり改善されました。それでも、まだ用事を忘れることがありますが。紙の手帳は、アラームを飛ばしてくれないので、あまり意味がありません。

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 ただ、ここに入れているのはほとんどが仕事関係で、プライベートではやはりうっかりをよくやります。

 だから、いまだによく妻に怒られています。

 

そのほうがいいと思った

 たとえば、プレゼントを買ってきたとします。そうすると、「どうしてこんなものを買ったの?○○のほうがよかったのに」と言われます。その「どうして」にも答えようがありません。「そのほうがいいと思ったから」としか言いようがありません。

 実は、日本語教育も、こういう後出しジャンケンみたいな「どうしてそんなことをしたの」という言い方が大好きです。

 日本語教師を育てる養成講座では、受講生にやり方を教えずに、まず模擬授業をさせます。そして、その後から、「どうしてそういうやり方をしたのか」と言われます。それも、「そのほうがいいと思ったから」としか答えようがありません。講師の側は、もちろんすべてわかっているので、そういう失敗はしないでしょう。ただ、何もわからない新人は、一生懸命考えて、それがいいと思ったからやっただけで、そこには「どうして」も何もありません。

storys.jp

 これは養成講座だけでなく、学生相手の授業にも行われます。学生にまず何か言わせてみて、「違います。こういう場合はそう言わないんですよ。」と訂正します。たとえば、「くれます」を教えるとき、まず「○○さんは私にあげました」を言わせてから、「違います。『私に』のときは、『くれます』を使います」というように教えます。

 これはとても便利な教え方なんですが、あまり使わないほうがいいんじゃないかと思います。学生の自尊心を傷つけてしまうからです。そもそも、「あげます」を教えたのは、ほかならぬ教師です。その本人が、間違っているとわかっていて、わざと学生にやらせるなんて、ひどくないですか?

 しかし、実は私も前はそういう教え方をしていました。学生は「先生に言われたとおりにやったのに、恥をかかされた」と思っていたかもしれません。

 

力不足

 私もよく言われます。「どうしてこんなに給料が少ないの?」「どうして子供を寝かしつけられないの?」などなど、たくさんあります。それも答えようがありません。私はすでに一生懸命頑張っているし、正直これ以上うまい方法も思いつきません。特に、子供が泣くのは理屈や力でどうこうできる問題ではないので、「どうしてできないの?」と言われても、どうしようもありません。

 

 結局、言いたいことは、何でもできる人は、できない人に向かって、「どうして」とたずねがちですが、できない人も「どうして」に対するうまい答えなんて用意してないってことです。

 できる人は、「どうして」を追求すれば、できない人ができるようになると錯覚しているのかもしれませんが、それより「どうして」を追求しないで、最初からうまいやり方を提示したほうがはるかに建設的だと思います。

 

 だから、失敗と言っても、この3種類はそんなにきつく怒るものではないと思います。もしわかってて失敗するなら別ですが。

 

 日本語教師とはあまり関係ないですが、ダメ夫の愚痴でした。

 

 では、また!