ブログは日本語教師の歩く鏡である

「授業の質は上げる」「仕事の量は減らす」「両方」やらなくっちゃあならないってのが「教師」のつらいところだな 覚悟はいいか?オレはできてる

日本語教育は学習者を子ども扱いしているのか?

 おひさしぶりです。日本語教師ブロガーのNicky(@jpt407)です。私個人としては、2か月ほどブログを書いていませんでした。

 

 長い間、放置していてすみませんでした。ただ、本業のほうが忙しく、せめて夏休みには更新したいと思いつつ、持ち帰りの仕事がやっと終わったのが昨日というわけです。

 

 たぶん、学校が始まったらまた書けなくなると思いますが、できるだけ書けるように努力はします。

 

 さて、今日は、こないだTwitterで気になった話題について書こうと思います。

 

 

日本語教育は学習者を子ども扱いしている?

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 本人がわざわざTwitterのプロフィールに「私の主張が気に入らなければ、無視してください。私に対する啓蒙活動は疲れるだけなのでやめてください。」と書いているので、名前を出さないで引用させてもらいます。

 一番嫌いな多い人種として「日本語教師」をやってる連中である。私も資格を持っているが、高卒で資格が取れる上、授業は小学生に日本語を教えるかのように行われる。生徒は20歳前後の大人に対して失礼ではないのだろうか。

 これに対して、別の人も以下のようなリプライをしていました。

養成講座420時間を受けているとき、確かに小学生に教えるかのような教え方の指導を受けた。内心「バカじゃないの」と思う。「会社員経験のない女性の講師だからかなー」とも思った。社会経験のある(子供相手ではない仕事経験者)転職者が多くこの業界に係わることを望みます。

 

 これに対して、「日本語教師が言語能力が低い人を子ども扱いしている」というように解釈する日本語教師が何人か反応されていました。

 

 そして、偶然ですが、最近Twitter上で、同じような問題提起がされていました。

 

「子ども扱い」は、態度ではなく、教え方の問題ではないか?

 私も、最初そういう意味かなあと思っていたのですが、ちょっと違うのではないだろうかと思い始めました。最初の二人が言っていたことは、教師の態度ではなく、教え方そのものが小学生相手のようだと言っていたのではないでしょうか

 というのは、「授業は小学生に日本語を教えるかのように行われる」と言った人が日本語学校に勤務していたという経歴は確認できず、したがって、養成講座を出ただけなら、実際に学習者に会ったこともなく、他の日本語教師が学習者をどのように扱っているか知らないはずだからです。養成講座での教え方だけを見て、「小学生相手のようだ」と言っているわけです。そう考えてよく見直すと、「授業は~」、「教え方の指導」と書いてあります。

 

 私はむしろ、教師の学生に対する態度ではなく、授業方法そのもの、特に初級の教え方が「小学生に日本語を教えるかのように行われる」という誤解を生んでいるのではないか、と考えました。

 

間接法=大人向け?

 さて、ここからは私の想像です(想像ですみません)。

 まず、この人たちが「大人向けの教え方」と考えているのは、中学校や高校の英語の授業のように、「学生の母語(や英語)を使って、難しい文法を講義のように説明する」というスタイルではないでしょうか? このように、「日本人に日本語で英語を教える」、「中国人に中国語で日本語を教える」など、「学生の母語(や英語など、学習対象以外の言語。専門用語では、「媒介語」と言います)を使って教える教え方」は、専門用語では、「間接法」と言います。

 まあ、今は日本の学校でも、「英語で英語を教える」ということが始まっているらしいのですが。

 

 たとえば、外国人に「~ています」(たとえば「ガラスが割れています」、「財布が落ちています」のような「状態」の「~ています」)を教えるとき、学生に対して「発話時以前のある時点に起こった出来事による「変化」の結果、その時点以後のどの時点においても、窓ガラスは割れた状態にあるということを示しています」(『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』)というような難しい説明をするのが、「大人向けの教え方」だと思っているのではないでしょうか?この発言者は。

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直接法=子供向け?

 しかし、日本国内の日本語教育に限って言うならば、「日本語で日本語を教える」というスタイル(専門用語で「直接法」と言います)が主流なので、もちろん、このような難しい説明はできません

 ではどうするかというと、まず教師が絵カードや写真を見せたり、ジェスチャーで示したり、学生が理解できる簡単な日本語で文法項目を示します(これを専門用語で「導入」と言います)。文法説明すらすべて簡単な日本語で行います。

 下のビデオは、実際の「~ています」の授業風景です。

 


【日本語学校の授業をのぞいてみよう!】 YMCA ACT  (1/3)

 

 自分が中学校や高校で受けた英語の授業では、教師が普通のスピードで、難しい内容をペラペラとしゃべるのに慣れた後で、絵カードや写真、ジェスチャーを多用し、簡単な言葉で、ゆっくりと話す日本語の授業を見れば、確かにいかにも「小学生に教えるかのように」に見えます

 

 正直、私も直接法の教え方は子供っぽいと思うことがあります・・・。

 

 しかし、これはしかたがないことです。「ガラスが割れています」を学習するレベルの学生に、難しい文法用語を使って説明しても、通じるはずがありませんから。媒介語が使えない以上、絵でもジェスチャーでもなんでも駆使して、学生の直感に訴えるしかありません。

 そして、直接法には直接法の良さがあります。でなければ、今までずっと日本では日本語で英語を教えてきたのに、「英語で英語を教えましょう」というように方向転換しないでしょう。

 

 もし私の想像が正しいとするなら、冒頭の二人は、単に直接法と間接法を子ども向けと大人向けと勘違いしていただけで、「不勉強だなあ」で済みます

 

日本語を日本語で教えなければならないメリットは?

 しかし、教師なら「不勉強だなあ」ですみますが、もし学習者も同じことを考えているとするなら、これは大きな問題です。

 

 というのは、以前「欧米系の学生は、絵カードを多用する授業は、子ども扱いされて侮辱されていると感じることがあるので注意しましょう」という話をどこかで聞いたことがあるからです。

 

 私が教えたことがあるのは、ほとんどが中華系の学生で、侮辱されているとまで感じている学習者には会ったことがないのですが、確かに、「導入は退屈だ」、「母語で説明してくれたほうが分かりやすいし、効率的だ」と考えている学生には多く出会いました。

 

 おそらく、「自分の母語で教えてくれたほうがずっと効率的だ」と考えている学習者は、世界共通にいると思います。

 

 それでも「日本語で日本語を教えるのが大事だ」というのであれば、そのメリットをはっきりと示さなければなりませんね。そうしないと、口に出さないまでも「小学生向けの授業のようだ」と思われているかもしれません。

 

 最後に、日本語教師の方で、日本国内での直接法の限界について触れているブログの記事があるので紹介しておきます。

nihonngokyoushi-naniwanikki.blog.jp

 

 私も直接法と間接法については、まだ記事を書きたいのですが、長くなるので別の機会に。

 

 それでは、また!

 

2017/8/23

「子供扱い」よりひどい「モノ扱い」について、記事を追加しました。

 

jpt407.hateblo.jp