ブログは日本語教師の歩く鏡である

「授業の質は上げる」「仕事の量は減らす」「両方」やらなくっちゃあならないってのが「教師」のつらいところだな 覚悟はいいか?オレはできてる

直接法の意義とは何なのか(問題提起篇)

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 こんばんは。日本語教師ブロガーのNicky(@jpt407)です。

 

 私はもともと海外の学校で間接法を使って教えていた後、帰国して国内の日本語学校で直接法で教えています。

 ですから、今は全部直接法を使っているわけですが、最近直接法に疑問を感じざるを得ない情報を立て続けにいくつか目にしたので、シェアしようと思います。

 

 今はまだ、自分なりの答えを出せていないので、情報をシェアするだけです。まず、みなさんでも答えを考えてください。1日2日で答えが出るはずもない問題なのですが、私もまた答えが出たら、改めて書こうと思います。

 

 まず、こないだ衝撃的だったのがこれ。

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 日本語教師養成おける直接法至上主義っていうのは、まだまだ根強いのでしょうかね
 しばらく前のことなんですが、あるポルトガル語ができるボランティアさんから、子どもと接するときにポルトガル語を使うのはどうなんでしょうね?みたいな話がありました。まあ、僕としてはポルトガル語の使用自体に良し悪しがあるのではなくて、そこは目的次第じゃないですかねぇ、と言いました。
 そしたら、別のボランディアさんが、「媒介語の使用は極力避け、日本語はやはり日本語で理解するのが一番!」とピシャリ。まあ、そういう考えもわかりますが、国語の教科書なんかは翻訳されたものを先に読んでおくとずいぶん理解の助けになるようですよ~、なんて例をやんわり紹介しました。
 でも、そのボランディアさんはどうも納得できない様子で控え目ながらも次に言ったのは、「私、420時間講座を受けましたから」という一言。
そしたら他の人はもう何も言えなくなりました。
 しかし、そこまでの強い思い込みを刷りんでしまう養成講座って一体なんなんだろうかと思いました。教師養成のキモというのはこんな(修正不可能な)揺るぎない確信を植え付けてしまうことにあるのではなくて、自分の行為に対する疑念を持ち続けられるような、そういう一種の不安定さを身につけることにあるのでないかと思った次第。

 私もたまたま、同じような議論をボランティア教室で見ました。

 

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 その後、日本語教師になろうと決めて受講した420時間に準ずる養成講座では、まさに「(修正不可能な)揺るぎない確信」を刷り込んでいくようなトレーニングを受けた。だが、そこは巧妙で、「授業中に媒介語を使うことについては目的次第である」という説明は受けたものの、実習中に英語などの媒介語を使えば、実習後の振り返りで「あの場面で英語を使った意図は!」と担当講師から詰め寄られた。特に印象的だったのは、媒介語を使うことに対しての次のようなコメントだった。
 「媒介語を使うことで、学習者がネイティブ教師の自然な日本語を聞く機会や、学習者自身の発話の機会を奪っていることになってはいないか?教師が学習者の貴重な学習機会を奪うべきではない。」
 こう畳みかけられては、受講生はぐうの音も出ない。直接法こそが上策で、媒介語の使用はあくまでもその補助的な手段であるということを厳しいフィードバックによって繰り返し刷り込まれた。

 

 もうひとつ印象的だったのは、当時「マジシャン」とあだ名されたベテラン講師による模擬授業だった。いわゆる「ゼロ初級」と呼ばれる人々が「マジシャン」によるよどみない直接法によってみるみるうちに「自然な発話」を繰り返すようになっていくのを目の当たりにして、震えるほど感動した。終始にこやかで、立ち振る舞いもやわらか。ほとんど不自然さを感じさせない語彙のコントロールと、プレッシャーを与えずに学習者の発話を待つ姿勢。
 こんな教師になりたい。
 厳しいフィードバックによる恐怖と震えるほどの感動によって、直接法のすばらしさに疑いを持たなくなっていった

  これもすごくわかります。私も、養成講座の講師ではありませんが、「まさに名人芸」というような直接法の授業を見て、感動した覚えがあります。

 

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大学院の実践研究という授業の一環で同じ研究室出身の人が担当している「総合活動型日本語教育」クラスのTA(ティーチング・アシスタント)になった。そのクラスの担当者(古屋憲章さん)は、自分が知っている(思い込んでいる)日本語教師とは全く異なる人だった
 まず、微妙に猫背で声が小さい。いつも座っている。背筋は伸ばして、声は大きく、授業中に教師は座らない!ということを養成講座では明示的、暗示的に刷り込まれてきたし、自分の授業でもそうしてきた。そこで、自分が話す番になったときには、その人に見せつけるように、背筋を伸ばして、大きな通る声で、そして「ゼロ初級の学習者」にもわかりやすいように大きなジェスチャーを伴って、これが日本語教師と言わんばかりにホワイトボートの周りを闊歩した(練り歩いた)。
(中略)
 その後も授業は続き、その人は相変わらず微妙に猫背で声が小さかった。いつも座っていた。様々な国からの留学生を対象としたクラスなので、直接法とはまた別の文脈で日本語でのコミュニケーションが中心となっていたが、必要に応じてフランス語などTAができる言語での説明なども組わせて授業が行われていた。その人自身も中国語ができる人だったので、時折中国語での会話なんかもあったように記憶している。
 こんな状況の中でその人は学生に日本語でじわじわと問いを投げかけ、学生はその人から発せられる小さな声に耳を傾けていた。そのうち学生はぽつぽつと話し始め、半期後の授業が終わる頃には自分の考えていることを結構自由に話すようになっていた。その人は周到に準備され、計算され尽くされた「マジック」ではなくて、いつもと全く変わらない自分のふるまいだけでここまでの「学習成果」を出した
(中略)
 とにかく、その授業でのその人のふるまいを見て、こちらの方法のほうが良いなあと思った。知恵熱が出そうな教案作成や舌が引きつりそうな語彙のコントロールをする必要もないし、何より作り込まれた先生を演じる必要がない。一個人として人ときちんと人と関わればと良いのだ、という発見はものすごく自分を楽に(自由に)した。

  これもすごくわかります。今試行錯誤している途中ですが、今までの「先生が学生に教える!」というスタイルではなく、教師が後ろに隠れ、学生どうしが自然に会話している中で、いつの間にか日本語が話せるようになっている、というスタイルを考えています。私は恥ずかしながら、「総合活動型日本語教育」というのを今まで言葉しか知らず、日本人学生向けの英語や国語のアクティブラーニングの本を読んで研究していたのですが、総合活動型日本語教育の本も読んでみようと思います。

 

 2017/09/18追加

総合活動型日本語教育の本を見つけました。

jpt407.hateblo.jp

 

 

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 直接法は既習語彙のみを使った教案作成から、レアリアや絵カードの準備、板書計画など膨大な準備が必要となる。そして、授業の時は教案を眺めつつ多くのレアリアやカードを流れるようにさばき、同時に板書も進める。加えて、学習者に目を配れるように教壇周囲の立ち位置まで事前に検討しておく必要がある。
 こうなると、授業は一つのショーのようなもので、当時、実習生は模擬授業の前日などには当日使用する教室で役者のようにリハーサルまでして実習に臨んだ。こうなると模擬授業というのは、頭で考えておくものではなく、一種の身体訓練だ。様々な動作が無意識的にできることが熟達の基準となっているようで、担当講師の「だいぶこなれてきましたね」というコメントが最高の誉め言葉だった。
 もちろんうまくできなければ厳しい追及があり、その合間に「マジシャン」の授業を見て感動する。この追及と感動、そして自分もあんな教師になりたいという気持ちがどんどん直接法への確信を育てていく。そして、養成講座終わる頃までには揺るぎない確信が完成する。
 でもその後、自分は幸運?にも、はじめての教育現場がノンネイティブ教師との分業体制だったこともあって、この確信から一定の距離を置くことができた。そして、大学院でその人の授業に参加することで、直接法は唯一無二の方法ではないことに気づき、日本語教育全体を俯瞰的に眺める機会を持つことができた。
(中略)
 しかし、少なくとも、教師養成において初級には直接法が最上の方法であるという(明示的、暗示的な)刷り込みだけは避けるべきだと思う。直接法はそれが有効に機能する社会的な文脈と、そこに適応した教育観のもとに行われ、それに沿った「学習成果」を出すために行われる。いつでも、どこでも、誰に対しても「学習成果」をあげられる方法ではないということについての気づきを促すような説明があってもよいと思う。
(中略)
 今の職場でも定期的にボランティア養成講座を企画し、実施している。だから、末席ながらも養成に携わる側の人間としては、直接法だけに頼らなくても日本語は教えられるし、媒介語を使っても日本語学習には負の影響がないということについての確信を、身体的な経験を基に形成できるようなプログラムを整備する必要があると感じている。ただ、具体的な内容については、試行錯誤の最中である。地域の日本語教室だからこそできるオルタナティブな養成をめざして、これからも知恵を絞り身体を動かしていきたい。

  最初の三段落は、まさに少し前の私であり、ここを読んでいるみなさんの大部分の体験じゃないかと思います。ただ、私の場合は、ボランティアや海外も少し経験しているので、間接法の意義もちょっと感じていました。

 

 以前、「『日本語教師のためのCEFR』みたいな授業をやりたいなら、国内の日本語学校より、ボランティア教室へ行ったほうがいい」というようなことをTwitterに書いたことがあるのですが、またその思いを深めました。

 どうも、国内の日本語学校は、予備校という性格が強すぎて、本来の語学教育から外れているような気がします。 また、そのことについては改めて書きます。

日本語教師のためのCEFR

日本語教師のためのCEFR

 

 

 これは昨日たまたま見かけた、ベトナム在住日本人のツイート。

 

 

  そして今日またたまたま見つけたこれ。

shingo-imai.blogspot.jp

 

 以下のサイトのような教え方を文法積み上げ式というのではないか、そしてそれは問題ではないのか、という質問を受けました。

 

日本語教師の教案 みんなの日本語の文型

 

 そのサイトで紹介されているのは、授業の冒頭の文型導入の部分と練習だけだと思われます。これだけで授業が終わるなら、授業は必要ありません。教師が教室で歌ったりジェスチャーしたりして文法の意味を伝えるのより、母語で詳しく解説した文法書を渡したが方が、さらに言えば、学習者同士で教え合った方がずっと効率的かつ正確です。あとはeラーニングでパターンプラクティスをやれば済みます。これだけなら、本当に教師は不要です。例えば60分の授業の構成としては、文型導入10分、パターンプラクティス(練習)20分、タスク30分ぐらいで行うのがいいと個人的には思っています。ことばにとって文法知識は道具であり、それを使って何かができるようにならないと道具の持ち腐れです。授業では毎回タスクをやり、「ああ、こういう風にあの文型が使えるんだ。」と思わせなければなりません。ちなみに、『みんなの日本語』は、一つの課に文型がいくつもでてくるので、文型導入と練習を交互に繰り返すことになりますし、さらに、その複数の文型を組み合せたタスクが作りにくいですよね。それでタスクをやらない教師も多いのでは? 

 

 さらに、「会話や練習Cは割愛してもよい」と指導書にも書いてあるそうです。場面・機能シラバスの教科書であるSFJを使っている教師でさえ、時間が足りなくなったらタスクはやらないという人が多いみたいです。もし、時間が足りないなら、文型練習は割愛してでも、タスクの時間は必ず確保するべきだと思います。ついつい文型練習で時間がかかってしまい、、、ということだけは避けるべきだと思います。

 その通り!実際に、海外で教えていたときは、最初直接法でやろうとしたものの、母語で教えてほしい、そのほうが分かりやすいという学生の声が多くて、挫折しました。 ちなみに、海外(アジアだけ?)では、初級では現地人の先生が母語で文法を教え、中級以上は日本人の先生が会話を教える、というパターンが多いです。

 

 また、最近、日本国内でも、間接法で日本語を教える予備校が出てきていることに衝撃を受けました。

toyokeizai.net

 教師はアルバイトを含めて約150人。その他に事務スタッフなどもかなりいるが、特徴的なのは、運営も顧客もすべて“中国人”だけで成立しているということ。授業も日本語(科目)を教えるときも含めて、ほとんど中国語で行っていて、教科書も中国で日本の大学受験のために出版された教科書を使用している。雑然とした事務室の雰囲気はさながら、中国にある塾をそのまま再現しているかのようだ。

 この種の予備校については、以前別の記事でも書きました。 

jpt407.hateblo.jp

 

 今思い出しましたが、国際交流基金のこれも間接法ですね。

 

授業紹介動画 | まるごとサイト

 

 

 こんな記事もありました。

nihonngokyoushi-naniwanikki.blog.jp

 

 やはり、国内の日本語学校のように、ゼロ初級から直接法というほうがむしろ不自然なのか・・・。

 

 短期間の間に、これだけいろいろな情報が出てきて、非常に頭が揺さぶられています。直接法は本当に間接法より優れた方法なのか(私はそんなことはないと思いますが、そう思っている人は多いようです)、部分的に間接法を取り入れることはできないのか、そもそも私が思っている直接法とは、本当の直接法なのか、間接法は本当の間接法なのか・・・などなど。

 

 私にとって、問題は直接法/間接法だけではなく、一斉授業/アクティブラーニングなど、本当にいろいろあるのですが、じっくり考えていこうと思っています。

 

 今日紹介した情報は、どれもすごくおもしろいので、ぜひリンク先に飛んで、全部ご覧になってください。そして、またその話題について話し合えたら幸いです。

 

 では、また!

 

 続編を書きました。

jpt407.hateblo.jp

jpt407.hateblo.jp