ブログは日本語教師の歩く鏡である

「授業の質は上げる」「仕事の量は減らす」「両方」やらなくっちゃあならないってのが「教師」のつらいところだな 覚悟はいいか?オレはできてる

ブログは日本語教師の歩く鏡である

おはようございます。日本語教師ブロガーのNicky(@jpt407)です。

 

日本語教師は卑怯だと思うようになりました。他人にやらせていることを、自分ではやらないからです。

 

日本語教師は、留学生に毎週のように小論文を書かせます。そして、提出された小論文を添削して(ああだこうだと文句をつけて)返却します。

ところが、日本語教師自身は小論文を書きません。もちろん、書かれる先生もいらっしゃるのでしょうが、少なくとも私は書いてきませんでした。

 

自分が書かないのに、他人を批評する資格や能力があるのか、心許なくなってきました。

 

実は、私がブログを書かなくなった理由の一つも、そこにあります。インターネットという公開の場に何かを書くということは、いわば「手の内を晒す」行為でもあります。

このブログを見ている人、特に同業者に「学生に小論文を指導しているくせに、自分ではこんな文章しか書けないのか」と思われるのが嫌だったのです。

 

しかし、冒頭にも書いたように、「他人にやらせるのに、自分ではやらない」というのは、いかにも卑怯なように思います。

 

そこで、毎週学生と同じテーマで小論文を書くだけでなく、ブログでも文章を書いて、文章力を磨こうと思います。

目的が小論文の指導である以上、単なる日記のような記事ではなく、ちゃんと「論」のある文章を書くつもりです。

 

タイトルの「ブログは日本語教師の歩く鏡である」は、いつでもブログを見て、自分の文章をチェックしていきたい、という意味です。

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ちなみに、これはもちろん、ECHOESの、「ロックンロールは歩く鏡である」のシャレです。

辻仁成も、最近日本語教師デビューしたそうで、あの頃とは隔世の感があります。 

 

では、また!