ブログは日本語教師の歩く鏡である

「授業の質は上げる」「仕事の量は減らす」「両方」やらなくっちゃあならないってのが「教師」のつらいところだな 覚悟はいいか?オレはできてる

初めての学生送り出し。

こんにちはモウモウです。

最近身辺がバタバタと慌ただしくてなかなかブログに手をつけられませんでした( ´・ω・`)

梅雨に入りましたね〜。

 

4月期学生修了しました!(正確にはひとクラス分明日で修了ですが)

夢中で駆け抜けた3ヶ月でした。

本当に授業の進め方がわからなくて、教案を飛ばしたり時間が余ったり未習語ぼろぼろ出たり時間を過ぎて学生に指摘されたり1コマ分まるまるやることがなくなって主任に泣きついたり。

自分である程度落ち着いて授業ができるようになったのはおそらく6月に入ってから(最近‼︎)です。

書きためた教案はクリアファイル一冊分になりました。おかげさまで学校の教務の先生方や先輩非常勤講師の方とも仲良くやれています。

とにかくわからないことをそのままにしておきたくなくて、なりふり構わず周りに訊いていました。研修がないことを恨めしく思ったこともありましたが、なんとか乗り切りました。研修は今でももっときちんとあるべきと思ってはいますが。

自分の中に何もない焦りから、とにかく何でも取り入れたいと、授業見学もさせていただきました。おそらく傍目には必死の形相に見えていたのではと恥ずかしい思いです。

余裕なんて全く。

精神的余裕、時間的余裕、経済的余裕、ないないづくしの昭和枯れすすきでした。

(若い方はわからないネタですみません(^_^;)

今でも枯れすすき状態は変わらないのですが多少マシなすすきにはなったのではないかと思います。

 

媒介語は時々使います

ツイッターで媒介語についての議論を見ました。

養成講座では、日本語で説明するには語彙も足りない、そんな時は媒介語の一言で済む。決して使っていけないわけではない。と教わりました。

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字が汚くて恥ずかしい限りですが、このように主に語彙導入の場面で時々媒介語を使用しています。でもできるだけ日本語で説明できるようにはしています。養成講座で、媒介語禁止と言われたという方もいるかと思います。

授業には学生に合わせて対応する柔軟さが必要かと思います。意固地になって結局学生が理解できないのでは時間も労力ももったいないです。

 

3ヶ月やって思うこと

「私も苦労して覚えたんだからあなたも苦労するべき」なんて考えは今や古すぎることは明らかです。しかしやっぱりまだこの業界その考えベースなことは否めません。カッコよく言えば自助努力ができなければ生きていけないよ、ってことなんだろうと思います。それは否定しませんが、しなくて良い苦労はしなくていいんです。研修や少しのコミュニケーションで埋められる穴を、あなた1人で埋めなさいそしてだれが通っても安全で美しく舗装しなさいと丸投げされるのはまったく効率的ではありません。

新人教師はその穴に自らハマりながら何とかもがいてもがいて少しずつ埋めていきます。

結果、安全でも美しくもない道路ができますが、それを点検してもらえる機会もないのですね。

ですから、新人教師は「私の授業を見てください、ダメ出ししてください」と言い続けなければならないわけです。並行して、穴を埋めるための材料を得るために、授業を見せてください、という申し出も必要になります。

要するにこちらから動かないと何をも得られない世界なのだというのがこの3ヶ月間の感想です。

これについての賛否はいろいろだと思います。

お金を稼ぐということはすなわちそういうことだとおっしゃる方もいるでしょう。

ただ、自分で動かなければいけない範囲がもう少し狭まれば精神的に余裕も生まれるでしょう。全部おまかせ〜あとはよろしく🎵ではなくて、ここはこうしましょうか、これやってみましょうか、というやりとりで進めていけたら新人教師の肩の荷も少し軽くなるのではないでしょうか。

 

授業をするのは非常に楽しいです(^ ^)

毎回必ず笑うポイントがあります。学生の笑顔を見るのが好きです。笑わせてくれてありがとう。笑

 

来月からまた新しい学生を迎えます。

コマ数が段階的に増えます。クラス数自体が増えるため、さらに賑やかな学校になります。

前に副業の話を書きましたが、副業ではなくコマ数を増やすという選択肢もあったのですね。

大変になりますが、初心を忘れずに頑張ります。

 

モウモウでした( •ω•ฅ)